緑の党・東海

脱原発アクション

汚染水の海洋放出を「歓迎する」とG7に言わせようとする日本

緑の党の会員のA.niwaさんの訴えです。

ドイツの脱原発は人々の不断の努力の結果

4月15日、ドイツにおいて3基の原発が停止し脱原発が実現しました。ドイツでは2000年からこの20年余りで、家庭用電力は2.5倍、産業用電力は4.5倍に上昇し、産業界からは原発を止めることに対する懸念と批判が高まっていました。しかし、そうした批判を抑さえ、すべてを覚悟のうえで、脱原発を達成したのです。

ドイツでは原発に賛成するキリスト教民主同盟と原発に反対するドイツ社会民主党が互いに政権交代することにより、選挙のたびに原発が政治の争点となってきました。政権交代のたびに人々は原発に関心を持ち、原発について学んでいました。1998年から電気とガスが自由化され、人々にはエネルギーを自由に選ぶ権利がありました。ドイツの脱原発は、人々が原発について正しいし知識を持ち政治を選択した結果です。

原発に賛成していたメルケル首相が脱原発を提案したのは、福島第一原発事故のわずか4日後です。そして倫理委員会が脱原発を決定したのは5月30日、原発事故の79日後でした。この間、3月26日にはベルリンとミュンヘンで25万人、4月25日にはフランクフルトとハンブルグで12万など市民による反原発デモが多数行われました。ドイツの脱原発という決定の背景には人々の知識と関心、そして不断の努力がありました。

日本の原発は何も解決されていない

日本はどうでしょうか。自公政権は原発反対という多数意見を無視し、いつの間にか原発再稼働を既成事実としてしまいました。原発事故という大失敗は不問とされ、選挙における争点とはならず、原発に反対する野党は敗北を重ねています。

しかし、収束宣言やアンダーコントロールという言葉とは裏腹に、問題は何も解決されていません。福島第一原発の1・2号機には今も1007本の使用済み核燃料が残されたままです。爆発をまぬがれた2号機の原子炉の真上の屋根裏には数十シーベルトの高線量セシウムが滞留し、コンクリートの蓋を開けることもできないありさまです。

1から3号機の溶け落ちた核燃料デブリの量は推定880トン。いまだにひとかけらも取り出されてはいません。さらに福島第一原発の敷地には780万トンの廃棄物があり、原子炉周辺の中間貯蔵施設には1400万立方メートルの汚染土が存在します。

汚染水は高濃度汚泥水・スラリーとして蓄積される

阿武隈山地から流れる伏流水は原子炉を通り抜け放射能を帯びた汚染水となります。この汚染水はALPSで除染され、処理水となるのですが、この時同時にスラリーと呼ばれる放射能濃度の高い高濃度汚泥水が発生します。除染とは放射性物質を取り除き低濃度にすることを意味しますが、同時に、取り除かれた放射性物質は高濃度汚泥水となって蓄積されるのです。

この高濃度汚泥水・スラリーはHICと呼ばれるポリエチレン製容器に保管されます。その量は、今年2月の時点でHICの数にして4128個、毎月約20個のペースで増加しています。

深刻なことは、ポリバケツが紫外線により劣化するように、容器であるHICが内容物であるスラリーの発する放射線によって劣化することです。HICの寿命が尽きる前にスラリーを取り出し、新しいHICに詰め替えねばなりません。スラリーは最終的に乾燥させて保管するということですが、いったいどこへどのようにして保管するのでしょうか。スラリーの放射能濃度さえ公表されていません。

日本の提案は歓迎されない

4月15・16日、ドイツが脱原発を実現した日、札幌においてG7気候・エネルギー・環境大臣会合がありました。イギリスとフランスが石炭火力発電の全廃時期の明記を求めましたが、日本の反対で見送られました。

さらに日本政府は、汚染水の海洋放出と汚染土の再生利用を「歓迎する」という合意を得るために各国に働きかけましたが、合意を得ることはできませんでした。

記者会見において西村泰稔経産大臣は「処理水の海洋放出を含む廃炉の着実な進展、科学的根拠に基づくわが国の透明性のある取り組みが歓迎される」と説明しました。すると隣に座っていたドイツのレムケ環境・原子力安全大臣が「東電や日本政府の努力には敬意を払う」としつつ「処理水の放出に関しては歓迎するということはできない」と明言しました。記者会見後西村大臣は「私の言い間違い」と釈明しています。

60年稼働の法改正は通産省主導で行われた

原発を60年以上稼働させる法改正において、経産省が原子力規制委員会に対し、7回面談し、事前打ち合わせをしていたことが、4月10日、共同通信の情報公開請求により判明しました。

その記録には「規制委が提案者とならない法構成が必要」「安全規制が緩んだように見えないことも大事」などと書かれていました。つまり、規制委員会が法改正をして厳しいものになっては困るので、経産省主導で法改正が行われたということです。その際、安全性が緩んだと見えないように気を付けねばならないと、言っているのです。

原発回帰のGX法案

4月27日、原発回帰のGX法案が衆議院本会議で自公・維新・国民の賛成多数で可決されました。菅直人衆院議員は原発事故を振り返り、太平洋戦争の開戦に匹敵する犯罪的政治判断であると訴えました。原発を止めるべき原子力規制委員会の山中委員長は、原発の運転期間は政治判断で、意見を言う事柄でないと、自らの役割を放棄するとんでもない答弁をしています。

「放送法」問題が失言問題にすり替えられた

報道が権威主義に従属するものばかりになってしまったならば、国が滅んでも不思議ではありません。みなさん覚えていますか。2011年、放射能汚染で誰もいなくなった福島の街を「死の街」と呼んだだけで、当時の民主党政権の大臣の首が飛びました。その後、自公政権において「ナチスの手口に学べ」と発言した大臣がいましたが、何のお咎めもなしです。何を言っても良い政治家とそうでない政治家がいるのはなぜでしょうか。政治家の言葉に対する日本社会の寛容と不寛容の差はいったいどこからくるのでしょうか。

3月31日、小西洋之参議院議員が衆院憲法審査会の毎週開催を「サルのやること」と発言し憲法審査会の野党筆頭幹事を更迭されました。小西氏の発言の意図は結論を急ぎ熟議が足りないことを嘆いたものです。

「放送法」をめぐる報道の自由の問題が、高市大臣の辞める・辞めないという辞職問題となり、とうとう「サル発言」という失言問題にすり替えられてしまいました。

アジアにおけるキューバ危機と新冷戦

この間、国会では軍事費だけが突出した2023年度予算が、ほとんど議論のないままに国会を通ってしまいました。しかし、肝心かなめの財源の目途はまったく立っていません。増税にしても、国債発行にしても、軍事費増強により私たちの生活が苦しくなることは確実です。

自民党と維新の政治家は、中国、北朝鮮を仮想敵国として敵基地攻撃能力とか積極防衛能力とか叫んでいますが、これは中国から見たならばキューバ危機に他なりません。

1970年代、ヨーロッパに中距離弾道ミサイルが配備され、ヨーロッパは核戦争の人質となりました。この時、イギリスの作家レイモンド・ブリッグズは「風が吹くとき」という漫画を描き、核戦争の恐ろしさを世界に訴えました。ヨーロッパにおいて、核戦争を回避せよという世論は、当時のレーガンとゴルバチョフの対話を促し、やがてベルリンの壁の崩壊、そして冷戦の終結へとつながったのです。

冷戦を冷戦で終わらせる

重要なことは冷戦が冷戦のまま終わったことです。その背景には冷戦を冷戦で終わらせようとする世界中の人々の声、そして不断の努力がありました。

原発に終止符を打ち、米中の新たな冷戦を冷戦のまま終わらせるため、私たちは主権者として不断の努力を続けるのみです。みなさんがこうして集まる限り、この集会は続きます。

原発の末路は二通り、事故か廃炉か、壊れるか壊すか、壊れる前に壊す。必ず廃炉にできます。