緑の党・東海

脱原発アクション

地球の限界と江戸時代に学ぶ社会哲学

緑の党の会員のA.Niwaさんが、週刊金曜日5月15日号に下記の記事を寄せました。

地球の限界と江戸時代に学ぶ社会哲学

「世界には全人類を養う富がある」、チャップリンが映画『独裁者』においてこのように呼びかけたとき、世界人口はおおよそ25億人程度であった。それが現在は約76億人である。当時、地球上で25億人分の食料を生産すればよかったのに対し、現在では76億人分の食料を生産せねばならない。

国連の推計によれば世界人口は今世紀末に110億人となり、その後は横ばいになるという。これに対し、2050年ごろには世界人口は減り始め、その時の人口はせいぜい90億人ぐらいという予測もある。また食料生産について、ワールドウォッチ研究所の農業経済学者レスター・ブラウン氏によれば「世界の穀物生産量は、2017年をピークに、今後は減少していく可能性が高い」という。

一般に生物の個体数は食物と空間に制限がない場合、指数関数的に増加する。しかし実際には食物や空間の不足により増加曲線はS字型になり、個体数は一定となる。そして生物の個体数が最大となったとき、その増加を妨げる要因を環境抵抗という。

例えばサバンナのライオンの個体数はシマウマなどに比べとても少ない。広々としたサバンナにもっとたくさんのライオンがいても良いように見えるが、ライオンにとってはその状態が限界なのである。人間も例外ではない。地球の収容能力が90億人であろうと110億人であろうと限界に近づいていることは確かだ。そして世界人口が限界に近づけば近づくほど環境抵抗は大きくなる。

近年さまざまな天災・人災が人類を襲っているが、これらはすべて環境抵抗であると考えることができる。二酸化炭素排出による地球温暖化と海面上昇、原子力発電による核のゴミ、原発事故と放射能汚染、豚熱などの家畜伝染病、そして新型コロナウィルスなどの感染症、これらはすべて世界人口が地球の限界に達しつつあることを示す環境抵抗である。さらに、資本主義社会の終焉と経済成長の限界が語られるが、これもまた環境抵抗と無関係ではないであろう。

江戸時代の日本人はどれほど貨幣経済が発達しても、お米の経済を捨てることはなかった。彼らは天災や飢饉などに際し、お金が当てにならないことを経験的に知っていたのだ。つまり変わる価値よりも変わらない価値を大切に生きていたのである。言うまでもなく、変わらない価値とは食べることであり、それは現在にも通じる価値観である。

新型コロナウィルス禍は稼ぐだけの政治アベノミクスにとどめを刺すことになるであろう。お金はいくらでも印刷することができるが、食料はそうはいかない。このままでは食料不足により、お金がいくらあっても足りない時代が来るのではないか。食料の自給率を高め地産地消の社会を目指すことこそ、21世紀の社会哲学である。

参考

チャップリンの台詞 In this world there is room for everyone and the earth is rich and can provide for everyone.

ダリル・ブリッカー、ジョン・イビットソン『2050 世界人口大減少』(朝日新聞の書籍紹介による)

レスター-ブラウン「人類は「グローバルな水問題」に対処できるのか」『世界』2019.6